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資料詳細
- 資料ID.
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- 資料種別
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- 資料名
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- 歴代宝案巻号
- {{ryu_data.f10}}集 {{ryu_data.f11}}巻 {{ryu_data.f12}}号
- 著者等
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- タイトル
- 中国暦
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- 西暦
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- 曜日
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- 差出
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- 宛先
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- 文書形式
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- 書誌情報
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- 関連サイト情報
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- 訂正履歴
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- 備考
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テキスト
1-31-17 世子尚永の、進貢謝恩のため正議大夫梁灼等を遣わす執照(一五七七、三、三)
琉球国中山王世子尚永、進貢、謝恩等の事の為にす。
今、特に正議大夫梁灼を遣わし、長史鄭迵等と同に表文一通を齎捧せしむ。本国の小船一隻に坐駕して、馬二匹・生硫黄五千斤・金結束金起沙魚皮紋靶紅漆鞘腰刀二把・鍍金銅結束紅漆鞘線紮靶腰刀二十把・銀結束銀起沙魚皮紋靶紅漆鞘腰刀二把・鍍金銅結束紅漆靶鞘衮刀一十把・鍍金銅結束紅漆鞘貼金靶鎗一十把・蘇木一千三百斤を装載し、京に赴き進貢し謝恩す。所拠りて今差去する人員は、別に文憑無くば誠に所在の官司の盤阻して便ならざるを恐る。王府、除外に今、宙字十四号半印勘合執照を給して存留在船通事梁煥等に付し、収執して前去せしむ。如し経過の関津把隘の去処及び沿海巡哨の官軍の験実に遇わば、即便に放行し、留難して因って遅悞して便ならざるを得しむる毋れ。所有の執照は須らく出給に至るべき者なり。
今開す 赴京の
正議大夫一員 梁灼
長史一員 鄭迵
使者一員 馬称徳
都通事一員 陳継茂
存留在船使者一員 于朗
存留在船通事一員 梁煥
人伴三十二名
管船火長・直庫二名 林世泰 彭金
梢水共に六十三名
国王世子附搭の蘇木二千斤
万暦五年(一五七七)三月初三日
右の執照は存留在船通事梁煥等に付し、此れに准ぜしむ
進貢謝恩等の/事の為にす 執照
注*『明実録』万暦五年十二月癸未の条に関連の記事がある。
(1)梁煥 生没年不詳。呉江梁氏(亀嶋家)(『家譜(二)』七五九頁)。
琉球国中山王世子尚永、進貢、謝恩等の事の為にす。
今、特に正議大夫梁灼を遣わし、長史鄭迵等と同に表文一通を齎捧せしむ。本国の小船一隻に坐駕して、馬二匹・生硫黄五千斤・金結束金起沙魚皮紋靶紅漆鞘腰刀二把・鍍金銅結束紅漆鞘線紮靶腰刀二十把・銀結束銀起沙魚皮紋靶紅漆鞘腰刀二把・鍍金銅結束紅漆靶鞘衮刀一十把・鍍金銅結束紅漆鞘貼金靶鎗一十把・蘇木一千三百斤を装載し、京に赴き進貢し謝恩す。所拠りて今差去する人員は、別に文憑無くば誠に所在の官司の盤阻して便ならざるを恐る。王府、除外に今、宙字十四号半印勘合執照を給して存留在船通事梁煥等に付し、収執して前去せしむ。如し経過の関津把隘の去処及び沿海巡哨の官軍の験実に遇わば、即便に放行し、留難して因って遅悞して便ならざるを得しむる毋れ。所有の執照は須らく出給に至るべき者なり。
今開す 赴京の
正議大夫一員 梁灼
長史一員 鄭迵
使者一員 馬称徳
都通事一員 陳継茂
存留在船使者一員 于朗
存留在船通事一員 梁煥
人伴三十二名
管船火長・直庫二名 林世泰 彭金
梢水共に六十三名
国王世子附搭の蘇木二千斤
万暦五年(一五七七)三月初三日
右の執照は存留在船通事梁煥等に付し、此れに准ぜしむ
進貢謝恩等の/事の為にす 執照
注*『明実録』万暦五年十二月癸未の条に関連の記事がある。
(1)梁煥 生没年不詳。呉江梁氏(亀嶋家)(『家譜(二)』七五九頁)。