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資料詳細
- 資料ID.
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- 資料種別
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- 資料名
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- 歴代宝案巻号
- {{ryu_data.f10}}集 {{ryu_data.f11}}巻 {{ryu_data.f12}}号
- 著者等
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- タイトル
- 中国暦
- {{ryu_data.f17}}年 {{ryu_data.f18}}月 {{ryu_data.f19}}日
- 西暦
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- 曜日
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- 差出
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- 宛先
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- 文書形式
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- 書誌情報
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- 関連サイト情報
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- 訂正履歴
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- 備考
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テキスト
1-27-09 琉球国王府の、進貢のため耳目官陸承恩等を遣わす符文(一六七八、一〇、二八)
琉球国中山王府、進貢の事の為にす。
聖旨の二年一次の朝貢を奉じ、此れを欽み、欽遵す。案照するに、康煕十七年(一六七八)は例として歳期に該れば、理として合に進貢すべし。此の為に今、特に耳目官・正議大夫・都通事等の官の陸承恩・王明佐・金元達等を遣わし、表・咨文を齎捧して前来し進貢せしむ。
因りて海船二隻を備えて水梢を率領するに、両船の上下の員役は共に二百人の数に盈たず。煎熟硫黄一万二千六百斤・馬一十匹・海螺殻三千個、正貢の外に特に加えたる黒漆〓(血+舀)螺茶鍾一百個・大糸煙一百匣・紅銅一千斤等の方物を載運し、福建等処承宣布政使司に前赴して投逓し、起送して京に赴く。
拠りて差去する員役は、並びに文憑無くば誠に所在の官軍の盤阻して便ならざるを恐る。理として合に符文を給発して以て通行に便ならしむべし。此の為に王府、今、義字第二十四号半印勘合符文を給して都通事金元達等に付し、収執して前去せしむ。如し経過の関津把隘の去処及び沿海巡哨の官軍の験実に遇わば、即便に放行し、留難し遅悞して便ならざるを得しむる毋れ。須らく符文に至るべき者なり。
計開 赴京の
耳目官一員 陸承恩 人伴十三名
正議大夫一員 王明佐 人伴十三名
都通事一員 金元達 人伴五名
在船都通事一員 鄭継善 人伴五名
在船使者四員 蔡璋 毛文徳 栢茂 衛重徳 人伴十八名
存留在駅通事一員 蔡瑞孕 人伴五名
在船通事一員 毛文善 人伴三名
管船火長・直庫四名 孫廷玨 金鼎 王可喜 徐永念
康煕十七年(一六七八)十月二十八日給す
右の符文は都通事金元達等に付し、此れに准ぜしむ
符文
注(1)栢茂 平安山親雲上良賢。一六四一-八七年。那覇栢氏(国吉家)四世(『家譜(四)』四三八頁)。
(2)蔡瑞孕 この時の執照〔三四-二二〕には蔡瑞胤とある。
(3)孫廷玨 一六五七-八二年。屋比久秀才。久米村孫氏(安座間家)三世(『家譜(二)』四一八頁)。
琉球国中山王府、進貢の事の為にす。
聖旨の二年一次の朝貢を奉じ、此れを欽み、欽遵す。案照するに、康煕十七年(一六七八)は例として歳期に該れば、理として合に進貢すべし。此の為に今、特に耳目官・正議大夫・都通事等の官の陸承恩・王明佐・金元達等を遣わし、表・咨文を齎捧して前来し進貢せしむ。
因りて海船二隻を備えて水梢を率領するに、両船の上下の員役は共に二百人の数に盈たず。煎熟硫黄一万二千六百斤・馬一十匹・海螺殻三千個、正貢の外に特に加えたる黒漆〓(血+舀)螺茶鍾一百個・大糸煙一百匣・紅銅一千斤等の方物を載運し、福建等処承宣布政使司に前赴して投逓し、起送して京に赴く。
拠りて差去する員役は、並びに文憑無くば誠に所在の官軍の盤阻して便ならざるを恐る。理として合に符文を給発して以て通行に便ならしむべし。此の為に王府、今、義字第二十四号半印勘合符文を給して都通事金元達等に付し、収執して前去せしむ。如し経過の関津把隘の去処及び沿海巡哨の官軍の験実に遇わば、即便に放行し、留難し遅悞して便ならざるを得しむる毋れ。須らく符文に至るべき者なり。
計開 赴京の
耳目官一員 陸承恩 人伴十三名
正議大夫一員 王明佐 人伴十三名
都通事一員 金元達 人伴五名
在船都通事一員 鄭継善 人伴五名
在船使者四員 蔡璋 毛文徳 栢茂 衛重徳 人伴十八名
存留在駅通事一員 蔡瑞孕 人伴五名
在船通事一員 毛文善 人伴三名
管船火長・直庫四名 孫廷玨 金鼎 王可喜 徐永念
康煕十七年(一六七八)十月二十八日給す
右の符文は都通事金元達等に付し、此れに准ぜしむ
符文
注(1)栢茂 平安山親雲上良賢。一六四一-八七年。那覇栢氏(国吉家)四世(『家譜(四)』四三八頁)。
(2)蔡瑞孕 この時の執照〔三四-二二〕には蔡瑞胤とある。
(3)孫廷玨 一六五七-八二年。屋比久秀才。久米村孫氏(安座間家)三世(『家譜(二)』四一八頁)。