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資料詳細
- 資料ID.
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- 資料種別
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- 資料名
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- 歴代宝案巻号
- {{ryu_data.f10}}集 {{ryu_data.f11}}巻 {{ryu_data.f12}}号
- 著者等
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- タイトル
- 中国暦
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- 西暦
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- 曜日
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- 差出
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- 宛先
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- 文書形式
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- 書誌情報
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- 関連サイト情報
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- 訂正履歴
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- 備考
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テキスト
1-18-08 国王尚寧より礼部あて、十年後の進貢を命ずる勅諭を受け、常貢の回復を請う咨(一六一四、九、二四)
琉球国中山王尚寧、開読して、電やかに簸弄を豁し歳貢を鑑納して以て孤危を拯い、以て毒寇を釐むるを籲天する事の為にす。
万暦四十一年(一六一三)七月内、勅諭を奉ずるに、国土貧狭にして、又新たに残破を経るを恤念す。歳事愆つと雖も亦た爾の責ならず。爾宜しく人民を拊綏し、封圉を慎み固めて以て自完の計を為し、十年の後、物力の充ち羨るるを俟ちて再た修貢を行うべし、等の因あり。此れを欽み、欽遵す。薄土は仰瞻して光天の化日を喜び、環陬は載頌して玉燭を春台に囿とす。□□の琉球、九区に□□し、閩を去ること万里にして、東海の波島に懸る。居は闘爭無く、人は戦を習わず。即ち以て所属の諸島、影を波末に浮かぶるは、将旦の星の河漢に錯落するが如し。日本は素より強狡を称す。之と隣為るも、琉球、伝世して今に永きを得たり。豈に聖神、極に御し威徳広く被い、属国の世守為らしむるに非ざらんや。継いで其の守りと恃む者は亦た惟だ険と神あるのみ。夫れ険は固より恃む可きも、亦た未だ尽くは恃むに足らず。神は拠る可きと雖も、亦た豈に尽く拠る能わんや。甚だ其の、之を恃みて覆盂に安んずる所の者は、該国の天朝に効順するに如くは毋し。即ち山川の神霊も黙して其の順を助くるなり。
知らず、万暦三十七年(一六〇九)に陡かに変に遭遇し流離播越す。殆うきかな、岌岌乎として虧くる所を知る莫きや。之を揣るに、愚躬、侯度に恪遵するも、敢えて瑕無しと謂わんや。奚為れぞ歴歴として盛阺に忻逢せるに、茲に殊危に蹇遇し、刺棘に惶愕するや。将た焉くんぞ天誅を逭れんや。忽ちにして命、天より聞え、愆咎を海涵す。誠歓誠忭して躬を措くに地無し。是れを用て万暦四十年、顓ら法司馬良弼・正議大夫鄭俊等を差わして前来し謝恩せしむるも、未だ起送して京に赴くを蒙らず。聖勅を望奉し、齎捧して回国す。体恤を軫念し、慵の漸く文教に染み頓に夷風を洗うを俟つを欽蒙す。顧みて天命を知り、敢えて忤違せざるも、狡倭の体恤の無外の至仁を知る罔く該国を窺伺するを慮恐す。厥の職、十年の久しきを曠疎すれば、長蛇封豕の順行を錯雑するを免れ難し。夫れ斯くなれば、安くんぞ忤逆を冒さんや。豈に及ばざるを知らんや。夫の凜凜たる□鉞、能く赦宥する莫し。勢は緩むるを得ず。大いに已むを得るに非ず。
是を以て死を冒し間関として撫携を投籲し、聖霊を祈襲して以て狡倭の観聴を崇からしめ、仰ぎて威福に藉りて以て毒寇の畏服するを起こさん。然らず、仮し是れ簸弄四に起こる有るとも、絶たんと欲するの深意有らんや。且つ天朝の謨猷は広遠にして、経緯は弘深なれば、涇渭の処分は、端に必ず摘伏の神有り。豈に亡命の徒輩の孟浪し訛濫し、弄誑し揺間するを容れ、疑信の半ばに介し、而して罪無きの国を絶ちて以て寇逆を長ぜしめんや。夫れ蠢なる彼の狡倭は、昔朝鮮を破り、今琉球を残う。□□天朝無きが若きなり。況んや該国の遭躪の日の若きをや。我が天朝、朝鮮を急するの故事を以てして之を急し、倭をして一舎を退きて我を避けしめず。其の俘せらるるに任せ其の帰するを聴すは、殊に威徳を褻すこと有るが若きのみ。
此れ則ち波藩の猥瑣にして敢えて言わざる所なるも、今焉を言わざるを得ず。藉令日本の狡を絶つを以て概て琉球の順を絶たんと欲すれば、則ち何を以て属国の心を繫ぎて皇霊を暢べんや。是れ九区の向背なり。伏して今日の拒納を決するを乞う。然して之を拒むも之を納るるも、大計に関わる無しと雖も、敢えて亦た少しく国体を裨くる有りと謂うのみ。之を拒まば、為に是れ順を駆りて逆に就かしむるのみならず、而且懐柔の重典を虧く有り。之を納るれば、為に是れ滅を興し絶を継がしむるのみならず、而且威福の大観を増重す。抑々堂堂たる天朝、自在に謀有りと謂う勿からんか。抑々亦た自在に備え有りと謂う勿からんか。然り、備えの密、守りの固き、此の故に国家安にして危を忘れず、治にして当に乱を思うべく、深遠の謀慮なり。儻し琉を拒みて倭を防がば、慮の遠にして近、謀の深にして浅なり。是の故に倭は当に絶つべく、琉球は当に納るべし。希為わくは狂言妄冒を罪する勿く、俯垂して採択し留神して斟酌せんことを。
夫れ海外の不軌は、之の偵探に由りて其の緒を得、之の故由を要め詳察して其の端を得るなり。縦偵影の報を信ぜざるとも、任人の政を傷つくる有るが若きに似たり。設若偏に偵報に憑りて実と為さば、当に辜すべからざるの国を罪するを恐る。且つ琉球は藩を称し、天朝二百余年の卵翼の恩を襲蒙す。敢えて一旦捐棄して仇に事えしむるは天理の必ず無き所、人情の有らざる所なり。間々深く議す可き者有り。夫れ久しく倭区に住むの輩なり。大讒は忠に似たり、大詭は信に似たり。陰陽に奸を為し内外に簸弄し、往来して寵を搆え進退して生を偸る。険は測る可からず、弊は最も防ぎ難し。朝鮮の昔日は実に此の輩の災に由り、琉球の今日は誠に此の輩の禍より出ずるのみ。此の情形は、該藩身ら経に目撃するに拠り、敢えて是れ咨して聞す。
前差の馬良弼・鄭俊等の、前来し謝恩するに拠るに、何を作せるやは知らざるも、使命を玷辱し、闕に叩するを獲ず。明旨を望奉し、中止して廻還す。看得するに、良弼等、勅諭を奉齎して帰れば、理として原す可く、情として恕す可し。即ち之、勅諭を望奉して帰れるは、畏難して中止するに非ざるも、竟に是れ疎虞にして謬を獲たり。専ら大臣を遣わすは、本より躬らに代りて敬を将めしめんと欲するに、詎ぞ反って命を辱めて尤を招けるや。法に依りて斃に坐し、各員連坐す、等の情あり。此れに拠り、合行に咨報すべし。此の為に備咨して長史蔡堅等を差遣し、前来して逓報し、仍お歳々修むる厥の職の馬四匹・硫黄一万斤を備辦し、往赴して投逓せしむ。咨文の事理は、伏して照詳して施行するを乞うを希う。此の為に移咨す。須らく咨に至るべき者なり。
右、大明礼部に咨す
万暦四十二年(一六一四)九月二十四日
咨
注(1)簸弄 もてあそぶ。
(2)薄土 せまくてやせた土地。
(3)環陬 四方のすみ。また環は寰(天子の治める土地)に通じ、全世界。
(4)玉燭を…囿とす 世の中の太平なことの形容。
(5)九区 天下。
(6)将旦の…錯落す 暁の明星が天の河に入りまじる。
(7)覆盂 伏せた皿。安らかなたとえ。
(8)万暦三十七年…変 薩摩の琉球出兵。〔一八-〇三〕参照。
(9)播越 うつりのがれる。居場所を失い、他国にさすらう。
(10)岌岌乎 危ういさま。
(11)盛阺 阺はおか、坻(にわ・きざはし)に同じ。盛んな治世の意。
(12)愆咎 あやまち、とがめ。
(13)万暦四十年…回国す 明は琉球の背後にある日本の勢力を警戒して、馬良弼らの入京を認めず、福建で勅諭を渡して帰国させた。〔〇七-一五〕〔〇七-一六〕参照。
(14)職 職貢。
(15)長蛇封豕 長い蛇と大きな豚。残忍で貪欲な者。
(16)撫携 いたわりたすける。
(17)観聴を崇からしめ 見聞きして尊敬するようにさせる意か。観聴は見ることと聞くこと、見物する人。
(18)威福 威力で他をおどしたり、恩をきせて人を圧迫すること。
(19)謨猷 はかりごと。
(20)涇渭 涇水は濁り渭水は澄む。事の清濁・善悪の明らかなたとえ。
(21)摘伏 摘奸発伏の略か。奸邪をあばき摘発する。
(22)孟浪 粗雑、軽率である。いいかげんなことをする。
(23)訛濫 妖言や虚言をみだりに言いふらすこと。
(24)揺間 動きまわって様子を伺うこと。
(25)急する 急いで助ける。ここでは秀吉の朝鮮出兵に際し、明が援軍を派遣したことをさす。
(26)一舎 三十里。軍隊の一日の行程。
(27)猥瑣 みだりでこまかいこと。
(28)滅を興し絶を継がしむ 滅びた国を興し、絶えた世系を継がせること。ここでは明が琉球の藩属を従来通り認めることをさす。
(29)不軌 国法を守らないこと。反逆をはかる。
(30)任人 常に政に任ずるもの、六卿。
(31)卵翼 はぐくみ育てること。
(32)玷辱 けがす。
(33)畏難 おそれはばかる。
(34)蔡堅 『明実録』万暦四十三年三月乙卯の条に蔡堅の入貢の記事がある。
琉球国中山王尚寧、開読して、電やかに簸弄を豁し歳貢を鑑納して以て孤危を拯い、以て毒寇を釐むるを籲天する事の為にす。
万暦四十一年(一六一三)七月内、勅諭を奉ずるに、国土貧狭にして、又新たに残破を経るを恤念す。歳事愆つと雖も亦た爾の責ならず。爾宜しく人民を拊綏し、封圉を慎み固めて以て自完の計を為し、十年の後、物力の充ち羨るるを俟ちて再た修貢を行うべし、等の因あり。此れを欽み、欽遵す。薄土は仰瞻して光天の化日を喜び、環陬は載頌して玉燭を春台に囿とす。□□の琉球、九区に□□し、閩を去ること万里にして、東海の波島に懸る。居は闘爭無く、人は戦を習わず。即ち以て所属の諸島、影を波末に浮かぶるは、将旦の星の河漢に錯落するが如し。日本は素より強狡を称す。之と隣為るも、琉球、伝世して今に永きを得たり。豈に聖神、極に御し威徳広く被い、属国の世守為らしむるに非ざらんや。継いで其の守りと恃む者は亦た惟だ険と神あるのみ。夫れ険は固より恃む可きも、亦た未だ尽くは恃むに足らず。神は拠る可きと雖も、亦た豈に尽く拠る能わんや。甚だ其の、之を恃みて覆盂に安んずる所の者は、該国の天朝に効順するに如くは毋し。即ち山川の神霊も黙して其の順を助くるなり。
知らず、万暦三十七年(一六〇九)に陡かに変に遭遇し流離播越す。殆うきかな、岌岌乎として虧くる所を知る莫きや。之を揣るに、愚躬、侯度に恪遵するも、敢えて瑕無しと謂わんや。奚為れぞ歴歴として盛阺に忻逢せるに、茲に殊危に蹇遇し、刺棘に惶愕するや。将た焉くんぞ天誅を逭れんや。忽ちにして命、天より聞え、愆咎を海涵す。誠歓誠忭して躬を措くに地無し。是れを用て万暦四十年、顓ら法司馬良弼・正議大夫鄭俊等を差わして前来し謝恩せしむるも、未だ起送して京に赴くを蒙らず。聖勅を望奉し、齎捧して回国す。体恤を軫念し、慵の漸く文教に染み頓に夷風を洗うを俟つを欽蒙す。顧みて天命を知り、敢えて忤違せざるも、狡倭の体恤の無外の至仁を知る罔く該国を窺伺するを慮恐す。厥の職、十年の久しきを曠疎すれば、長蛇封豕の順行を錯雑するを免れ難し。夫れ斯くなれば、安くんぞ忤逆を冒さんや。豈に及ばざるを知らんや。夫の凜凜たる□鉞、能く赦宥する莫し。勢は緩むるを得ず。大いに已むを得るに非ず。
是を以て死を冒し間関として撫携を投籲し、聖霊を祈襲して以て狡倭の観聴を崇からしめ、仰ぎて威福に藉りて以て毒寇の畏服するを起こさん。然らず、仮し是れ簸弄四に起こる有るとも、絶たんと欲するの深意有らんや。且つ天朝の謨猷は広遠にして、経緯は弘深なれば、涇渭の処分は、端に必ず摘伏の神有り。豈に亡命の徒輩の孟浪し訛濫し、弄誑し揺間するを容れ、疑信の半ばに介し、而して罪無きの国を絶ちて以て寇逆を長ぜしめんや。夫れ蠢なる彼の狡倭は、昔朝鮮を破り、今琉球を残う。□□天朝無きが若きなり。況んや該国の遭躪の日の若きをや。我が天朝、朝鮮を急するの故事を以てして之を急し、倭をして一舎を退きて我を避けしめず。其の俘せらるるに任せ其の帰するを聴すは、殊に威徳を褻すこと有るが若きのみ。
此れ則ち波藩の猥瑣にして敢えて言わざる所なるも、今焉を言わざるを得ず。藉令日本の狡を絶つを以て概て琉球の順を絶たんと欲すれば、則ち何を以て属国の心を繫ぎて皇霊を暢べんや。是れ九区の向背なり。伏して今日の拒納を決するを乞う。然して之を拒むも之を納るるも、大計に関わる無しと雖も、敢えて亦た少しく国体を裨くる有りと謂うのみ。之を拒まば、為に是れ順を駆りて逆に就かしむるのみならず、而且懐柔の重典を虧く有り。之を納るれば、為に是れ滅を興し絶を継がしむるのみならず、而且威福の大観を増重す。抑々堂堂たる天朝、自在に謀有りと謂う勿からんか。抑々亦た自在に備え有りと謂う勿からんか。然り、備えの密、守りの固き、此の故に国家安にして危を忘れず、治にして当に乱を思うべく、深遠の謀慮なり。儻し琉を拒みて倭を防がば、慮の遠にして近、謀の深にして浅なり。是の故に倭は当に絶つべく、琉球は当に納るべし。希為わくは狂言妄冒を罪する勿く、俯垂して採択し留神して斟酌せんことを。
夫れ海外の不軌は、之の偵探に由りて其の緒を得、之の故由を要め詳察して其の端を得るなり。縦偵影の報を信ぜざるとも、任人の政を傷つくる有るが若きに似たり。設若偏に偵報に憑りて実と為さば、当に辜すべからざるの国を罪するを恐る。且つ琉球は藩を称し、天朝二百余年の卵翼の恩を襲蒙す。敢えて一旦捐棄して仇に事えしむるは天理の必ず無き所、人情の有らざる所なり。間々深く議す可き者有り。夫れ久しく倭区に住むの輩なり。大讒は忠に似たり、大詭は信に似たり。陰陽に奸を為し内外に簸弄し、往来して寵を搆え進退して生を偸る。険は測る可からず、弊は最も防ぎ難し。朝鮮の昔日は実に此の輩の災に由り、琉球の今日は誠に此の輩の禍より出ずるのみ。此の情形は、該藩身ら経に目撃するに拠り、敢えて是れ咨して聞す。
前差の馬良弼・鄭俊等の、前来し謝恩するに拠るに、何を作せるやは知らざるも、使命を玷辱し、闕に叩するを獲ず。明旨を望奉し、中止して廻還す。看得するに、良弼等、勅諭を奉齎して帰れば、理として原す可く、情として恕す可し。即ち之、勅諭を望奉して帰れるは、畏難して中止するに非ざるも、竟に是れ疎虞にして謬を獲たり。専ら大臣を遣わすは、本より躬らに代りて敬を将めしめんと欲するに、詎ぞ反って命を辱めて尤を招けるや。法に依りて斃に坐し、各員連坐す、等の情あり。此れに拠り、合行に咨報すべし。此の為に備咨して長史蔡堅等を差遣し、前来して逓報し、仍お歳々修むる厥の職の馬四匹・硫黄一万斤を備辦し、往赴して投逓せしむ。咨文の事理は、伏して照詳して施行するを乞うを希う。此の為に移咨す。須らく咨に至るべき者なり。
右、大明礼部に咨す
万暦四十二年(一六一四)九月二十四日
咨
注(1)簸弄 もてあそぶ。
(2)薄土 せまくてやせた土地。
(3)環陬 四方のすみ。また環は寰(天子の治める土地)に通じ、全世界。
(4)玉燭を…囿とす 世の中の太平なことの形容。
(5)九区 天下。
(6)将旦の…錯落す 暁の明星が天の河に入りまじる。
(7)覆盂 伏せた皿。安らかなたとえ。
(8)万暦三十七年…変 薩摩の琉球出兵。〔一八-〇三〕参照。
(9)播越 うつりのがれる。居場所を失い、他国にさすらう。
(10)岌岌乎 危ういさま。
(11)盛阺 阺はおか、坻(にわ・きざはし)に同じ。盛んな治世の意。
(12)愆咎 あやまち、とがめ。
(13)万暦四十年…回国す 明は琉球の背後にある日本の勢力を警戒して、馬良弼らの入京を認めず、福建で勅諭を渡して帰国させた。〔〇七-一五〕〔〇七-一六〕参照。
(14)職 職貢。
(15)長蛇封豕 長い蛇と大きな豚。残忍で貪欲な者。
(16)撫携 いたわりたすける。
(17)観聴を崇からしめ 見聞きして尊敬するようにさせる意か。観聴は見ることと聞くこと、見物する人。
(18)威福 威力で他をおどしたり、恩をきせて人を圧迫すること。
(19)謨猷 はかりごと。
(20)涇渭 涇水は濁り渭水は澄む。事の清濁・善悪の明らかなたとえ。
(21)摘伏 摘奸発伏の略か。奸邪をあばき摘発する。
(22)孟浪 粗雑、軽率である。いいかげんなことをする。
(23)訛濫 妖言や虚言をみだりに言いふらすこと。
(24)揺間 動きまわって様子を伺うこと。
(25)急する 急いで助ける。ここでは秀吉の朝鮮出兵に際し、明が援軍を派遣したことをさす。
(26)一舎 三十里。軍隊の一日の行程。
(27)猥瑣 みだりでこまかいこと。
(28)滅を興し絶を継がしむ 滅びた国を興し、絶えた世系を継がせること。ここでは明が琉球の藩属を従来通り認めることをさす。
(29)不軌 国法を守らないこと。反逆をはかる。
(30)任人 常に政に任ずるもの、六卿。
(31)卵翼 はぐくみ育てること。
(32)玷辱 けがす。
(33)畏難 おそれはばかる。
(34)蔡堅 『明実録』万暦四十三年三月乙卯の条に蔡堅の入貢の記事がある。